日付 できごとろじぃ
9月3日
Sat
 SRX−4がとうとうできあがった。
考えたら7月、8月一杯かけてよく頑張ったものだな。
 タダのバカかも知れないけど、それはそれで男の子だから良いでしょ。
 そら、暑いで〜。今日くらい涼しくなった日でも汗だくにはなるもん。 お茶2リットルはカタい!(笑)。
 今日もコンビニで紙パックのお茶を2本調達してから牧場に向かう。1リットル98円だから安いものだ。
シャッターを開けると既に中はムッとしているので表に古いテーブルの脚を放り出してその上に段ボールを敷いてSRXのタンクを載せ、「シリコン落とし」と言うスプレーで磨く。
 案外汚れ落としのために使った油脂分が残っているものでこの「シリコン落とし」を使った後はかなりカサカサになる。
 適当なところで下塗りもせずいきなり黒を吹く。例によって自動車用のカラカラだが、ホルツのカラカラは値段も高くて結構綺麗に仕上がる。
 クリヤーを吹けば良いのだがちょっとケチってしまった。
 黒の塗料だけだとやはり艶が無い。艶がないと言うより、コンパウンドで磨いても艶が出ない。ちょっと失敗してしまったが、来週あたりクリヤーを吹いてもう一度磨いてみようと思う。
 タンクの丸いエンブレムはタイヤマハ純正のブルー地に三連音叉。
もうちょっと大きいともっと良かったと思うが、まぁいいかなっと。SRXのアルバムに写真を加えて本日の牧場活動は終了〜。
8月10日
Sat
 そろそろ「飛燕号」のプロジェクトにかからねばならない。
2週間後に迫ってきた次のXZ引き取りに向けて、牧場の整理をしないと動きが取れなくなるのは目に見えている。
 牧場の隅に追いやられていた飛燕号を真ん中に引っ張り出し、解体する準備を始めた。
 牧場の真ん中にXZが有るのは久しぶりでようやく本来のXZ牧場に立ち還った様な気分になり、少し興奮気味だ。
 思えばこの牧場に来てから、XZの作業はろくにしていない。
4月はXS250の解体。5月と6月の半分はSRX250。そしてその後はSRX−4。このまま行くと「XZ牧場」の看板(別に掲げてないが)を降ろさねばならなくなるところだ。
 飛燕号を眺めているとやはり私のバイクはXZだなとしみじみ思う。
丸椅子を引っ張り出して飛燕号のそばに座り集中していく。

 そう言えば黒珊瑚プロジェクトを進める瀬田川氏も「集中している」と連絡がありXZ−パラへの投稿も少なくなってきた。というか、全く投稿されなくなった。それは同じXZを愛するモノにとって一番良く解るし、この一時は何物にも代え難いことなのだ。
 まずこれだけパーツが増えると各ブロックごとにパーツを仕分けして分類しておかねばいざ使う段になった時に探しまくらねばならない事は目に見えている。
 そして飛燕号の「XZ/D」と言うバイクをレストアするなら結構大きなスペースが必要なのだ。
 そのためにはいくらXZのデバイスであろうと絶対に使えないモノは潔く処分しないといけなくなるだろう。その代表が書類無しフレームである。
 そしてフレームが一番場所を食っている。

 イシハラ氏から譲り受けてきた2台のXZ,それから元々牧場にあった岡崎号に龍野YSP号。
そして25日に岐阜のXZ龍宮城から引き取ってくるであろう、2台のXZ/D。
この中で書類があり、使えるのは飛燕号と去年の第一回謎の岐阜オフで引き取ってきたフレームのみのD。この2台だけである。
もっとも、7月に飛燕号と共に引き取ってきた元YSP仕様のネイキッド改造XZ/Dは車検証のコピーがあり、所有者がイシハラ氏になっているので、頼み込めば再発行→譲渡証明→廃車、返納証再交付。って事はできそうな気がするが。
 とにかく、2台のXZは書類が無い。これは最近変更された旧車の書類復活が非常に困難になったことを考え合わせると、復活させるのは牧場主の私を以てしてもムリなのでは無いかと思う。故にこの二つのフレームは諦めて、処分しないといけないとは思う。
 少しでも復活できうるXZは復活させたいのだが、いかんせん日本の法律範囲内ではムリがある。車検場自体はかなり旧車に対してフレンドリーになってきてるので嬉しいのだが。。肝心の法律が厳しくなっちゃなにをか況やである。

 ココで愚痴ってもきっと書類無しバイクの登録が簡単になることは金輪際無いと思われるのでやめよう。
 そんなことを考えながら飛燕号を眺めていた。

 フレーム全体的に錆がきている。どらごんでさえ所々に錆が来ているのだから仕方のないことかも知れない。そりゃ、鉄の部品が20数年経ってるんだから錆びるわな。だって、この頃の自動車なんて殆ど見ない。よね?それほどまでに古いんだと改めて思う。
 フレームはしっかり錆止めしておかないといけないと思う。バッテリースペースの裏手は、通常のバイクならエアクリーナーが大きなスペースを取っているのだがXZはダウンドラフトキャブレター故にタンク内にエアクリーナーボックスがある。だからそこにはかなり大きな空間があって、底が棚板のようになっている。
 この棚板の上の空きスペースに各種電気系統のデバイスが取り付けられていたりして、結構整備しやすくなっているのだが、その棚板は中空になっていて、中の錆具合が非常に不安である。しかしこれは後々の研究と言うことにしようと思う。とりあえずはシリコンをタップリ吹き込んでおいて、錆びにくくしておくのが最一杯だと思う。

 あとはエンジンの潮吹きだ。本来サンドブラストやその他方法が有るんだろうが、主義としてお金は掛けたくない。別にケチる訳じゃないが、外観にお金を掛けるよりそのお金は交換パーツなどの主要部品の調達に回したいのが本音の所。きっと、自分なりに良い方法が見つかると思うし、今はとにかく再生で一杯一杯と言うところ。
 この夏レストアしたSRX達もXZにお金がかかるなら売る覚悟もある。飛燕号の車検を取るときにもしかしたらそうなるかも知れない。
 SRX達には可愛そうだが、私の中ではXZとそれ以外と言う分類しかない。
 確かに250はちょい乗りには本当に良いし、400のフィールも味わってみたい。でもそれがXZ再生の妨げになるなら執着することもない。コイツらをレストアして学んだ事は今後のXZ活動に大きなプラスになると思う。
 
 閑話休題

 いつまでも椅子に座って眺めていても仕方ないのでエンジンの下ろしから始める。
 なれた手順だ。
 キャブ→ラジエーター→エキゾースト→マフラー→クラッチワイヤー、電装ワイヤー類→エンジン本体。
 あっという間にエンジンが下りる。何も付いてない飛燕号のフレームになったところで本日の作業は終了。詳しい手順と写真はXZ「飛燕号」のレストアのところで紹介したいと思う。

裸になった飛燕号のフレーム
 
9月17日
Sat
 今日は午前中に人と会う約束があり、牧場活動ができるかどうか時間的に微妙だ。多分、昼飯食って、大いに話して。。。帰りは3時頃か。
 しかし、ヤフオクで落札したミラー、「ナポレオン/クロス2」を着けるために牧場に寄って交換作業。
 実はクロス2は思い入れがあるのだ。
初代XZの写真にもあるように、1984年の年始からクロス2との付き合いが有った。
 外品の部品って言うのは何かしらしっくり来ないことが多いのだが、この「クロス2」だけは純正より数段視界も広くて、振動しにくい。
 初代も最後までクロス2を着けていた。
これがナポレオンクロス2ミラー。
 逆ネジアダプターは要らない。何故ならミラー本体とハンドルに着ける部分が別のディバイスで構成されていて、下の部分(ターナー)だけを逆ネジのヤマハ専用のモノに取り替えるからである。見た目もすっきり、大きいのにカッコいい。結構ベタ惚れである。
 ヤフオクで左右セットで2000円!
夏前の高騰が嘘のようだ。
個人の出品されてたモノであるが、使用中、転倒も無かったそうで、傷や曇りも全くない。


 
独特の5角形もこのクロス2の特徴だ。
 純正に比べると少しアームの部分が短く、それでもミラーの位置は高くなる。アームは短くなるが、ミラー本体が純正より大きいので、格段に視認性が良くなる。
 セミカウルを外し、交換するとやはり懐かしさがこみ上げてくる。
 しかし、このクロス2って言うミラー、考えたら25年くらいは作っている勘定になるので隠れた超ロングセラーって言うことだね。もちろん、タナックスというメーカーの名前は変わっているけれども、中国でコピー商品が作られるほどの外品ミラーの代名詞となった。
 確かにデザインは機能的やし、鏡面は広く、見やすく、振動も伝えにくい。前述の2つの部品からなる本体も、ネジ径やヤマハの逆ネジなど、その下の部分(ターナー)交換するだけで、外品にありがちな「取って付けた」感が全くなくなり、どんなバイクにも合う。ヒット商品にはそれなりの理由が有るって事だ。
 さて、お隣の市まで約束の人と会いに行き、牧場に帰ってきたのが午後2時半。
微妙な時間だ。
 迷ってるヒマは無さそうなので、早速飛燕号と共に7月に牧場に来た元ネイキッドのDをバラシ始める。
 2週連続のバラシだが、やはりXZは気合いが入る。
 キャブ→ラジエーター→EXパイプ&マフラー→エンジンからのハーネス→エンジン・・・・
手慣れたモノである。油断したのか、クラッチケーブルを外すのを忘れていた。
 そして、エンジンまで下ろし、バラしきったのが5時。素早い!
 今日のXZは元ネイキッドで、ステップなどは鉄製なので結構錆が来ている。
フレームの状態などは悪くないのだが、これも書類無しである。
 しかし、前所有者の話によると、このネイキッドも「ブリリアントレッド」だったそうで、珍車の珍色が2台、牧場に入っていることになる。
このブリリアントレッドの外装一式、まだ龍宮城にあるそうで、今度の引き取りの時に頂けることになった。
 何度やってもこのXZのバラシは本当にやりやすい。一人で充分整備できるのだ。
 これで、龍野YSP号を明日にでもバラせばかなり牧場は広くなって次の2台を迎えやすくなる。
 タンクなどの置き場所をキチッと作らないといけないと思う今日の牧場作業であった。   
九月

九日  月曜日
 とうとう龍野号に手を掛けた。
思えば昨年、どらごん号の次に牧場に入り、数々の良質なデバイスを提供してくれた龍野号であるが、「書類無し」と言う肩書きは重い。
 フレームだけ使えない部品で、後は使える部品として生き残ると割り切ればそうなのだが、やはりフレームというのは特別なものが有る。
 その龍野号はエンジンやフロント回りが既に流用されて無くなり、文字通りフレームにタンクが付いた状態で岡崎号と共に牧場の隅に追いやられていた。
 一時間半程で全く消えた龍野号。
ちょっと感慨深いモノがあった。
 でも感傷に浸っている場合ではないのだ。
 なぜ、わざわざ龍野号をバラしたのか。来週来ることになっている二台のXZ/Dの為だ。
場所を空けなければならない。
 夕方、処分料二〇〇〇円也を払ってXZのフレームとSRX4のフレーム、その他を引き取って貰った。
 XZのデバイスがそこかしこに散らばってはいるモノの、後二台のXZ/Dが入り、作業スペースも残るくらいの空間は確保できた。これが龍野XZに報いる為の結果なのだ。
 ふぁるこん号を見送ったときとはまた別の感慨が有るのだが、うまく表現できない。
 長年、ペアを組んできた仲間と別れたっていう感じが一番近いか。 
新牧場に入った日の龍野号。エンジンのみふぁるこん号に提供して、小さなパーツを除きその他は全くそのままである。
 隣に見える岡崎号はフェアリングを外した状態のまま今もそのままである。今度の金曜日は岡崎号にも手を掛けなければいけないだろうが、ワイヤー類の取り回しや、ビス、ボルト類の見本など、フレーム関係の見本となる車体も欲しいところなので、タンク、シートなどを外した状態で(フレームのみ)置いておく可能性が大きい。龍野号をそうしてやりたかったのだが、エンジンが下りてしまって、ブリードのホースや、ハーネス類を外してしまっていた。
 ちょっと不運か。
まぁとりあえず手許にフロントフォークが残り、リアのスイングアームを始め、多くのデバイスを「飛燕号」に活用するつもりではいる。
 とにかく龍野号が一番状態が良いのは代え難い事実なのだ。
 特にフロントフォークは「どらごん」のフロントフォークになるべく、O/Hを待っている状態。

 
 そしてビジョン。
飛燕号が組み上がったらひとまずバイクのレストアは終了するし、XZ達とSRX達をメンテナンスすることに活動を切り替えよう。っと言うか、それが本来の牧場のあるべき姿だと思う。
 日本に残るXZ達が少しでも長生きできるように、パーツデポとしての活動をメインに持ってこよう。
 
 まずは飛燕号のレストア、今年いっぱいで完了させるべく新しい気持ちで牧場活動に精を出そうと思う。

 
九月
二十五日


日曜日
 とうとうやってきたこの日。
朝から肌寒い感じもするような天気であるが岐阜まで行く為に少しテンションを上げておかねばなるまい。
 ディアマンテのお世話になってる「喜田自動車」さんにトラックを借りる手はずを整えていたので、珍しい「LPG」仕様の三菱キャンターを借り出す。
 燃費などが不安なのだがとりあえずこちらで満タンにして、岐阜で様子を見て給油するなら向こうですることにして牧場で瀬田川氏に差し上げる「黒珊瑚」号のパーツと縄を積み込んでいざ・・・。参らん。
 泉北ガス充填所と言うところで満タンにして、(55リットル、3600円ほど。安い!)堺I.Cから阪和道に乗る。ディーゼルに比べると遙かに静かで振動も少なく、案外快適で少し安心しながら90Km/h程で順調に岐阜に向かう。
 12時少し前、見慣れた龍宮城の前に到着。瀬田川氏はしっかり11時に到着して、「黒珊瑚」の解体を始めていた。
 恐縮しながらも和やかに話も始まる。
 ちょうど、ピポットのボルトが抜けずに苦労されているところであったが、頭にタップを立てて足場のパイプとアングル材でこしらえた「ボルト抜き」を披露して貰い、感動する。
 さてと・・こちらは引き取るべき2台のXZ達の見聞を始めて見るが・・とにかく飛燕号より錆は多く、状態は全体的にどっこいどっこいか。
 純正キャリアが付いているのでこれは瀬田川氏に差し上げる。牧場にはパニアケース付きのXZに付いていた純正キャリアがあるからこれは使える人が使えばいいと思う。
 おっと。。龍宮城主よりのプレゼントが向かいの軽トラックの中に有るはず。。。おぉぉぉぉぉ〜〜〜!「ブリリアントレッド」のタンク!ホコリを被ってはいるが状態は良さそうである。それと?ぉぉぉぉぉ!サイドカバーにフェンダー!シートステーのカバー!珍色のデバイスが・・・・。これは価値を認める人にはものすごく価値の有るものである。ただ、要らない人にはタダのゴミであるが。。私にとっては何百万より価値がある!(んなオーバーな。。)
 瀬田川氏の黒珊瑚も無事にサービスカー「瀬田川号」に積み込まれ、私の頂いたXZ達も「きゃんたーbyLPG」号に積み込まれたのだが、一台のXZはなんと、キャリパーが外してあって、ブレーキが無い。降ろすときにどうすんの?
 とりあえず龍宮城と瀬田川氏に別れを告げて東名阪道路〜名阪国道を牧場に向けてひた走る。
何度この道をXZを積んでまた、XZで走ったのだろう。
 最初はしゅうじさんのところから竜宮城へ行った帰り、会社の軽トラックを拝借して荷台を満載にしての帰り、・・・寒い中にも暖かさの残る「小春日和」の去年の12月だった。
 次は寒い最中、今年の一月、岡崎に「岡崎号」を引き取りに行った帰り。絶好の冬日よりの中、寒風の吹く伊勢湾岸道路から名阪へ。
  5月にはオーナーの家で超ディープな「関西オフ会」待ち合わせは「針テラス」。完調なったどらごんで参加した。
 そして、きっとふぁるこんもこの名阪国道を走り、四日市の今のすみかまで運ばれたのだろう。いわば知られざるXZフェリー。
 7月、龍宮城主より引き受けた2台のXZ/Dを引き取り、レンタトラックにこれもXZ2台とパーツを満載して牧場に向かった。
 そしてつい先日には新メンバーさんのXZフェリーの伴走に御在所〜牧場を走った。
 そして今日である。龍野号を除いて他のXZ達は全てこの道を運ばれるか走るかしているのである。
いわば隠れXZ街道なのだ。
 感動を渋滞に消されながらも「LPG」号は無給油で480Kmを走りきり、牧場に帰ってきた。
 問題のブレーキ無し車体を降ろすときはもう諦めて手を離した。これは自分が怪我をするのもイヤなので仕方がないだろう。グワッしゃん!と転倒したXZであるが、タンクやシートなどは外されているので案外軽く起こすことができた。
 案の定牧場は満タンであふれそうになってしまったのだが、まぁこれが本来の牧場の姿なのか。
すごいことになっている牧場
さて来週は コイツらの整理にかからないといけない。。あと2,3週はXZのバラシに全力を傾けなければならない牧場活動である。

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